岐阜県の南東部に分布する苗木花崗岩は、中生代の白亜紀後期~古第三紀に起きた大規模なマグマの活動により形成された花崗岩体の一つです。前回はこの苗木花崗岩でできた傘岩と千畳岩を紹介しました。

実は木曽川沿いにある恵那峡の岩壁は同じ花崗岩でできていますので、紹介します。(写真は恵那峡大橋の北東にある休憩所から南側を撮ったものです。)

恵那峡
恵那峡は、木曽川中流にある渓谷です。この「恵那峡」という名前は、1920年(大正9年)に地理学者である志賀重昂によって命名されました。
また、福澤諭吉を義父にもつ福澤桃介を中心に、1924年、日本初のダム式水力発電所「大井ダム」が建設されました。ダム開発では自然の景観が損なわれがちですが、ここ恵那峡は、自然と人工が折り合い、景勝地としても有名となりました。北原白秋は何度もここを訪れ、1934年(昭和9年)年に「恵那峡とんとん節」や「大井栄舞」を作詞したようです。
https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_1341.html
花崗岩はマグマが地下でゆっくり冷やされ固まった岩石であり、固化する際に体積が縮み、そのために立方体や直方体の割れ目ができます。その割れ目を方状節理とよびます。恵那峡で見られる崖や直方体の巨大岩は、花崗岩の方状節理によって形成されたものです。
同じような写真が二枚並んでいますが、それぞれの写真の黒丸または白丸を、左の写真は左目で、右の写真は右目で見て、重ね合わせるようにすると立体的に見えます。
下の写真は、恵那峡大橋周辺の花崗岩を撮ったものです。


下の写真は休憩所の北側にある花崗岩を撮ったものですが、方状節理によって割れ、かつ表面の風化によって独特な丸みをもっています。
